
ねえ、知ってる?日本地図を眺めていると、北の方は県がドーンと大きくて、西の方は細かく分かれているように見えない?

「言われてみれば!九州とか近畿って、県がたくさん集まっている感じがするよね。単なる偶然かな?

実はそれ、偶然じゃないんだよ。明治時代の『大人の事情』と、地図そのものに隠された『魔法』の、ダブルの理由があるんだ!
今の都道府県の形がおおよそ決まったのは、明治時代の「廃藩置県」のあと。当時は、人口が多い場所ほど細かく分けて管理する必要があったんだよ。
- 西日本は「人口」が密集していた: 古くから栄えていた西日本は人が多く、行政の目が行き届くように県を小さく分けたんだ。
- 北日本は「効率」を優先した: 当時の東北や北海道は、まだ人口が少なくて広い土地をまとめて管理した方が効率が良かったんだよ。
さらに、当時は「歩いて県庁に行けるか」という距離感も大事だったから、道が険しい北国では一つの区切りがどうしても大きくなってしまったんだね。
もう一つの理由は、私たちが普段見ている地図の描き方にあるんだ。その名も「メルカトル図法」。
地球は丸いけれど、地図は平らだよね?丸いものを無理やり平らな紙に広げようとすると、どこかが引き伸ばされてしまう。この図法には「北や南に行くほど、実際よりも面積が大きく引き伸ばされる」という特徴があるんだよ。
つまり、もともと面積が広い東北の県が、地図の仕組みによってさらに「上乗せ」で大きく見えていたんだね!

「ねえ、知ってる?東北で一番小さい県ってどこだと思う?」

「えーっと、地図で見ると宮城県あたりかな?」

正解!宮城県が東北で一番面積が小さいんだ。でもね、驚くのはここから。一番小さい宮城県(約7,200k㎡)でも、西日本で一番大きい広島県(約8,400k㎡)とほとんど変わらないサイズなんだよ!

「えっ!東北の『最小』が、西日本の『最大』クラスなの!?」

「そうなんだよ。そもそも一県あたりのスケールが全然違うんだ。そりゃあ地図を見たら『北はデカい!』って感じるわけだよね!」
こうして歴史と科学の両面から見てみると、日本地図の凸凹した形にもちゃんと意味があることがわかって面白いよね!
次に地図を見るときは、「昔の人はここを歩いて管理してたんだな」なんて想像してみると、また違った景色が見えてくるかもしれないよね!


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